趣  味
【長唄】【水墨画】【亀のコレクション】【旅行】【食味会】【カラオケ】【篆刻】
【我が家の変遷】
【紙幣】この項目はLinkしてません
長  唄

初舞台 “鶴亀”

ワキに宮田哲男氏“助六”

年をとるとボケ防止の為に、何か趣味をもった方が好いとの事で、色々なことを経験してみた。 第一は長唄である。昭和42年夏、隣の主人が庭でうなっているのを、何ですかそれはとひやかした処、お前もやって見ろと言う事になり、その人の奥さんの姉様が稀音家浄絲さんといって、三味線方の人間国宝である稀音家浄観さんの一番弟子との事、早速、松子と一緒に入門させられたのが始まりである。その後、浄絲師匠に吉住流の歌方の小真吾師匠を紹介されて入門し、本格的に長唄を教えて頂いた。初舞台は、昭和465月日本橋三越前の第一証券のホールで“鶴亀“を歌った。その後、先年膝を痛めてお稽古を止めるまで約30年間、毎年429日に文京区の日刊工業新聞社のホールで会があって、その都度舞台に出させて戴いた。その間には、東音会の宮田哲男氏(現、人間国宝)の教室にも通った。長唄での思い出は、昭和5911月に、東京証券会館ホールで“助六”に出演した際にワキを宮田哲男氏、タテ三味線を菊岡裕晃氏(当時、東音会の会長)に並んで頂き、大変光栄な事であった。続いて、昭和6012月には、国立小劇場での二代目吉住小真治襲名披露の会に、松子と一緒に”越後獅子“で出演させていただいた。その時に並んで下さったのは、ワキに六代目家元の吉住小三郎師、タテ三味線には家元夫人の吉住小三代さんで、大変に有難いことであった。更には。私の喜寿の記念にと私が作詞した「雪の庭」を、東音会若手の簑田司郎さんに作曲をお願いして、平成108月の第十回東音創作会に上演して貰った。

国立小劇場で松子と競演 越後獅子
長唄の芸暦